【キャプテンに聞きました】北野|小牟田ニキータ「野球のときは野球のことだけ、家に帰れば勉強に集中!」

授業を終えて練習の準備をするナインたちの横で、選手の名前のあるマグネットを動かしながらホワイトボードとにらめっこしている選手がいた。そしてこちらを向くなり「こんにちは」と丁寧に挨拶してくれたその選手が、小牟田ニキータ主将(2年)だ。

小牟田君は日本人の父とロシア人の母を持つハーフで、日本生まれの日本育ち。家にいる時は日本語とロシア語、英語で会話をするため3か国語が堪能だ。2年生から5年生までは実はサッカーに興味があったが、地元である大阪府茨木市はソフトボールが盛んで、小学校5年の時、気分転換にソフトボール部に体験入部をしたのが白球に触れる始まりだった。
「そのソフトボールがすごく楽しかったんです。それで、そのままソフトボールチームに入部しました。特に楽しかったのがバッティング。ボールを飛ばす面白さで一気に野球にも興味が湧きました」。中学に入ると軟式野球部に入部。高校受験が近づくと、野球ができる公立校を探した。そんな中、中学2年の秋に大阪大会でベスト8に入った北野高校の名前が目に留まった。

北野高校は府内屈指の進学校。行きたいと言って行けるような高校ではなかったが、小牟田君には実は夢があった。「自分は子供の頃によくケガをしていて整形外科に行っていたんですけれど、その時に診てもらっていたお医者さんがすごくカッコ良くて。将来は医者になりたいとずっと思っていました。野球にも医療にも関われるスポーツドクターになるのが夢です」。

医者になるには、さらに勉強し、国公立大を目指さなければならない。そのため北野高校へ何としても進学したいと思い、塾に通うなどして猛勉強に励んだ。そして念願の北野高校に合格したが、いざ入学すると生活リズムになかなか慣れなかった。
「授業は65分の5限授業で、その後に練習して帰宅したら疲れてぐったりしていました。(中学までは50分だが)65分というのが最初はとても長くて…。そのお陰で成績の学年の順位が下がってしまって。これはダメだと思って、2年生になって気持ちを入れ直しました。大事なのは切り替え。よくメリハリをつけろと言われていたのですが、“そんなことは当たり前”と思いすぎて反対にちゃんと出来ていなかったんです。野球をやる時は野球のことだけを考えて、家に帰れば勉強に集中するようにしました」。

18時15分が完全下校のため、準備や着替え、片づけなどを入れると、放課後の練習で確保できる時間は2時間程度しかない。ただし、平日に行える朝練は自由参加だ。朝練に行く場合は5時40分くらいには起床し、6時過ぎには家を出る。7時頃には学校に到着し、8時10分に始まる1限までに自主練習をこなしている。ただ、下級生時の“失敗”を教訓にし、日々の自分の疲労度を見ながら朝練に出るかを判断している。冬場になると日曜日がオフになるため、遅くまで寝る日もある。
「今は予備校には週に1度行っています。帰って勉強したら11時くらいには寝るようにしています。北野生って他の進学校に比べると忙しいとよく言われているんですよ」。

キャプテンになってからはさらに忙しさは増した。毎日練習メニューはキャプテンが組んでいる。その組み方にも創意工夫が必要だ。例えば秋季大会での敗因や、もっと突き詰めておかないといけないこと。様々な要素を踏まえ、2時間以内に収まるように考える。
「大きいミーティングを年に何度かやるのですが、トレーナーさんが考えた練習メニューを元に、こんなこともやりたいねとみんなで話し合います。土日は午後からグラウンドが全面使えることはありますが、平日は全面が使えるのは週に1度。半面は2度使えるのでスペースのことも考えながら組んでいます」。

夏までは3年生だけで17人いたが、今は1、2年生の合計が17人。この春入部した1年生が9人しかおらず「秋は戦えるのかな」と小牟田主将は不安でいっぱいだった。人数が少ないと、こなせるメニューが限られる。夏までは意識の低い人間が1、2人いたとしても周りに引っ張られて何とかなるところもあったが、秋以降はどうなるのか。それに人数が少ないと全員がベンチに入れるので、チームに安心感が生まれてしまう。「それで満足してしまうようではチームは勝てない。特に1年生は意識が低くなりがちなので、17人でもみんなが高い意識を持てるように雰囲気をしっかり作っていきたいです」。

目標はもちろん甲子園出場。グラウンドにいる時は白球と仲間の動きに目を凝らし、制服に着替えれば、さらなる目標を目指す高校生だ。ふたつの“夢”に向け、小牟田君は「全力でやれることをやり切りたい」とやる気をみなぎらせている。(取材・文/写真:沢井史)

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